(先ほどの続きとなります)
来世に向けての残り後半の人生の過ごし方、ということで、一つ言えそうなことは「失敗は糧となる」ということです。 今世まだ残りが結構ありそうですし、失敗のように見えても良き経験となる、進展を遂げることができる、ということで、いろいろチャレンジしてみられるとよさそうです。
諦観のようなものが感ぜられますが、もっと今を充実して生きてゆくこと、生かされることがありそうです。
上手くいかないことがあっても、めげそうになっても、最善へと導かれることを信じてゆくこと。そのような精神で臨まれると良いのではないでしょうか。
信仰が、より深いレベルで試されているところとも見えます。
「私が本当にこの世界や、必要な方々にとって貢献できる働き方をお与えください」といった祈りを、全身全霊を傾けてしていくことをお勧めします。
一度で最適な場にすぐに出会えなくても、プロセスを通して導かれてゆき、また一つ一つの道のりで、一つ一つ学びがあるはずです。
最初から完璧を求めず、ある種、「こんな仕事」とこれまで思われてきたようなことでも、体験してみるのも良いのかもしれません。
どこかでプライドが邪魔をしている面もありそうです。
実際、一定の能力もおありな方ではないかと伺えます。それが故に、理想と現実の乖離と葛藤が強めに生じてきたかもしれません。
虚心坦懐に、職業に貴賤を見ず、与えられる機会に飛び込んでみることは良いのかもしれません。
これまでいろいろなアンペイドワークをしてこられたことも、今後の人生で役に立ちそうです。
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建築方面ということに関しては、能力的に適性は伺えるように拝察いたします。
ただ、テラっちさんもこれまで逡巡や葛藤してこられたように、実務経験がない資格持ちの方を直ぐに取ろうというところになかなか巡り合いにくいことは予想されます。
ご自身でもう一度、「自分は本当に建築方面でやっていきたいだろうか」ということを問い直され、強くその方向でやっていきたい、という思いがおありであれば、多少の困難があっても、何社も受けてゆかれるのは良いかもしれません。
一方で、テラっちさんのチャートからは、対人間の仕事、サポーティブな仕事などに対する適正、人を楽しませたり助けたりするような仕事などの適正、心を扱う仕事や、その他、いろいろな可能性を感じます。
どこかの団体の職員で、会員さんのお世話をしたり、事務作業をしたり、なども一定の適性がおありではないでしょうか。
これまで、家事や育児の補佐をやってこられた経験は大事な基盤と見受けられます。数値を扱ったり、データを扱ったりすることもお得意そうです。コンピューターも一定の扱いに長けたところがおありでしょうか。
テラっちさんの利他的な傾向から、対人的な仕事、人が助かることをリアルタイムに感じ取りやすい仕事は一つお勧めです。
高齢化社会の中においては福祉的な方面での人手不足は深刻ですし、福祉方面での適性はおありかと予想されます。
また子供関係でも、例えば保父や学童職員的な働き方や学校警備員バスの送迎員とかいろいろあり得ますし、
宗教関係の団体職員などもこれまでのご経歴からも良いのかもしれません。
ご自身でやりたい方向が見えてきたら、その方面について職業訓練などで何かの資格を取得されるなども良いかもしれません。
ここでもやはり、祈りが勧められます。
どのような経緯で巡り合わせがあるかわかりません。
人伝てに何か紹介してもらえるかもしれません。
「私が働ける、貢献できる最善の環境をお与えください。私を神の道具としてください」といった祈りを強められることをお勧めいたします。
一般には「私を神の道具として下さい」という方向性は誤解を受け得ますが、テラっちさんは正しくご理解いただけると思います。その方向性の祈りが、テラっちさんが本当に、この困難多き時代の中に生まれてきた意味を遂げてゆくためにとりわけ重要であると思われます。
また、発信しないと人はなかなか気づけませんので、
「私はこんなふうに働きたいと思っているんですが、どこかいいところはご存じないでしょうか」といったことを、親しい方などに話してゆかれると、どこかを紹介していただけたり、縁が結ばれることもあるかもしれません。